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東京高等裁判所 平成6年(行コ)133号 判決 1998年9月29日

控訴人 石成基 ほか二名

被控訴人 厚生大臣

代理人 久留島群一 新田智昭 竹中章 西尾昭彦 栗原壮太 廣戸芳彦 小田切敏夫 ほか三名

主文

一  本件各控訴を棄却する。

二  控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実及び理由

第一申立て

一  控訴人ら

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人が、平成三年六月七日付厚障年却下第〇〇〇四七四号をもってした控訴人石成基に対する障害年金請求却下処分を取り消す。

3  被控訴人が、平成三年一〇月四日付厚障年却下第〇〇〇五二九号をもってした第一審原告陳石一に対する障害年金請求却下処分を取り消す。

4  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

二  被控訴人

主文同旨

第二事案の概要

事案の概要は、次のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決の事実及び理由の第二に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決二枚目表一〇行目の「本籍地」を「国籍」に、同末行の「原告ら」を「控訴人石成基(以下「控訴人石」という。)及び第一審原告陳石一(以下「亡陳」という。)」に、以下、原判決事実及び理由の第二中に「原告ら」とあるのを「控訴人石及び亡陳」に、「原告陳」とあるのを「亡陳」にそれぞれ改める。

二  原判決二枚目表末行の「軍属」の前に「今次の戦争において、旧日本軍の」を加え、同裏三行目の「同法」を「援護法」に改め、同三枚目表八行目の「している」の次に「(以下、右の失格事由及び失権事由を定める援護法の右各規約を一括して「国籍条項」ともいう。)」を加え、同裏二行目の「原告石成基(以下「原告石」という。)」を「控訴人石」に、同二行目から三行目にかけて及び七行目から八行目にかけての各「本籍地である」を各「朝鮮半島の」に、同七行目の「原告陳石一(以下「原告陳」という。)」を「亡陳」にそれぞれ改め、同四枚目裏五行目の次に改行の上、「亡陳は、平成六年五月一四日死亡し、同人の妻である控訴人堺正子及び子である控訴人堺慶一がその地位を承継した。」を加える。

三  原判決四枚目裏七行目から同八行目にかけての「原告らが」の次に「韓国籍であって日本国籍を有せず、」を加え、同九行目から同一〇行目にかけての「本件附則は、無効又は既に失効している」を「日本国籍を喪失したことないし戸籍法の適用を受けていないことを援護法の対象者から排除することを定める援護法の国籍条項及び本件附則は、憲法一四条、国際人権規約等に違反して無効であり、仮に無効でないとしても、援護法の解釈上からも控訴人石及び亡陳は援護法に基づく障害年金を受けられるものである」に改め、同五枚目表初行及び同三行目の各「本件附則」の前に各「国籍条項及び」を、同四行目の「援護法」の前に「ア」を、同末行の「なく、」の次に「日本国籍を喪失したこと及び」をそれぞれ加える。

四  原判決六枚目表二行目の冒頭から同裏六行目の「であるが、」までを次のとおり改める。

「イ 右のように、韓国・朝鮮人は、日本の植民地統治下において、日本国籍を強要され、日本国民として徴兵義務を課せられ、日本の戦争に従事させられた後、昭和二七年四月二八日に発効した日本国との平和条約(昭和二七年条約第五号)(以下「サンフランシスコ平和条約」という。)により、自らの意思に関係なく、一律に日本国籍を喪失したものである。このように、日本国籍を強制し、日本国民として戦争に従事させた上、戦後、一方的に日本国籍を喪失せしめながら、補償に関しては、日本国籍を有していないとして何らの補償をしないことは、著しく正義に反するものである。右の国籍喪失は、日本の朝鮮侵略、植民地支配がなかった状態に戻すとの原状回復の原則に基づいたものであるが、戦死傷による生命身体の喪失による原状回復は不可能であるから、日本国は、これに代わる措置として補償責任を負うというべきであり、日本国籍の喪失を理由に右の責任を否定することは原状回復の原則に反し許されない。

また、日本政府は、サンフランシスコ平和条約一一条に基づき、韓国・朝鮮人戦犯に対し、「日本国民」として日本人戦犯と同様に刑の執行を継続しているのに、援護法においては「日本国民」ではないとすることは、日本国民としての義務は継続するが、権利は消滅するとするに等しく、恣意的であって、違法である。

ウ 軍人・軍属等に対する補償の立法をする場合においても、「法の下の平等」を規定している憲法一四条に拘束されることは当然である。一部の者についてのみ補償し、一部の者については補償しないとすることは、それを相当化する合理的な理由が存しない限り憲法一四条に違反する。補償問題が立法政策に属する問題であること自体は合理的な理由とはならない。在日韓国・朝鮮人は、日本の朝鮮植民地政策の結果、日本に居住し、サンフランシスコ平和条約が発効するまで日本国籍を有するものとされてきたのであり、現在は「日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法」に定める特例永住者として日本に定住し、日本に生活の基盤を置くものであって、納税の義務も負担し、その生活実態は日本国民と何ら異なるところがないのであり、国民年金法、児童扶養手当法、公営住宅法その他の社会保障立法においては全てその適用が認められており、援護法等の戦争犠牲者援護立法のみが国籍条項あるいは本件附則等によりその適用を排除しているのは不当であり、違法である。援護法が生活援助法的性格を有することは合理的な理由とはいえない。

エ サンフランシスコ平和条約四条(a)は、日本に居住する旧植民地出身者の日本国における財産及び日本国並びに日本国民に対する請求権は対象外としているから、控訴人石及び亡陳ら在日韓国・朝鮮人の補償問題は、当初から関係二国間の特別取極により、解決されることが予定されていたと解することはできない。

仮に、右の補償問題が二国間の特別取極により解決されることが予定されていたとしても、補償問題は、戦争により障害の状態となった軍人・軍属等にとっては死活問題であるから、援護法の立法と同時に朝鮮半島出身者等に対する条約を含めた補償立法措置が採られていないのに、国籍条項、本件附則によって援護法の対象者から排除することは著しく不当かつ重大な差別であり、合理性を欠くものであって、違法である。

しかも、日本国と韓国との間においては、日韓請求権協定が成立するまでに一三年以上費やされたが、右協定によっても、後記のとおり、在日韓国人戦傷者は補償の対象から除外された上、台湾及び朝鮮民主主義人民共和国との間においては今日に至っても解決の目処さえたっていないのであるから、」

五  原判決七枚目表三行目の「本件附則」の前に「国籍条項及び」を加え、同四行目の「したがって、」を「以上のとおりであるから、国籍条項及び」に改め、同裏三行目の「いる」の次に「ところ、前記(1)のアのとおり援護法は国家補償の精神に基づくものであって、広義の社会保障に属するものであるから、右規約の拘束を受けるものである」を加え、同一〇行目の「そして、」を「しかるに、国籍条項及び」に改め、同八枚目表二行目の「一項」の次に「及び「二項」を加え、同五行目の次に改行の上、次のとおり加える。

「また、B規約の解釈の補助的手段である国連の規約人権委員会の見解によれば、国籍の変更はそれ自体別異の取扱いを正当化する根拠とはなり得ず、立法の必要性が抽象的な可能性にとどまる場合には、別異の取扱いの正当理由とはならないとするものであり、同委員会は、日本国からの報告書に対し、「朝鮮半島や台湾出身で旧日本軍に従事したが、現在は日本国籍を持っていない者が、その恩給などにおいて差別されている。」、「規約の二条、三条と二六条の条項に一致するように、まだ日本に残る差別的な法律や慣習は廃止されるべきである。」とのコメントを採択している。」

六  原判決八枚目裏三行目の「問題である。」から同四行目の「設けられたのは」までを「問題であるとともに、立法府が広い裁量権を有する事柄である。援護法が、日本国籍を有する者のみを援護の対象としたのは、軍人・軍属等の戦争犠牲に関して、国家補償の精神に基づいた援護を行うことを目的とし、外国人に対しては、賠償問題として考慮すべきであるとの考えから、その対象としないこととしたこと、後記エのとおり、サンフランシスコ平和条約四条(a)において、分離独立地域との財産・請求権の問題は、日本国と現にこれらの地域の施政を行っている当局との間の「特別取極」の主題となり、両国政府の外交交渉によって解決されることが予定されていたこと」に、同六行目の「なかったことから」を「なかったことなどに基づくものである。そして」に、同一〇行目の「その」を「本件附則の」にそれぞれ改め、同九枚目表五行目の「されたため、」の次に「本件附則は、」を加え、同六行目の「というところ」を「こと、戦没者の遺族に対して弔慰金を支給しないこと」に改め、同一〇枚目表七行目、同裏四行目及び一〇行目の各「本件附則」の前に各「国籍条項及び」をそれぞれ加える。

七  原判決一一枚目表八行目及び同九行目の各「B規約」の前に各「A規約及び」を、同八行目から九行目にかけての「本件附則」の前に「国籍条項及び」をそれぞれ加え、同一〇行目の次に改行の上、次のとおり加える。

「2 国籍条項及び本件附則の不適用

(一)  控訴人らの主張

仮に、国籍条項及び本件附則が憲法及び国際人権規約に違反しないとしても、控訴人石及び亡陳らのようにサンフランシスコ平和条約の発効により国籍を喪失した者については、国籍条項及び本件附則は適用されないというべきである。すなわち、

(1) 前記1の(一)の(1)のイのとおり、控訴人石及び亡陳ら在日韓国・朝鮮人は、サンフランシスコ平和条約の発効により、自らの意思に関係なく、一律的に日本国籍を喪失したものとされたのであって、援護法上の権利消滅についての意思の確認も全くされなかった。日本国民として戦争に従事したことによって発生した援護法上の権利の消滅について、その意思の確認もされなかった控訴人石及び亡陳らのような在日韓国・朝鮮人を、右条約により国籍を喪失したものとして援護法上の権利消滅事由である国籍喪失者に含めることは許されず、国籍条項及び本件附則は、日本国籍を喪失することによって援護法上の権利が消滅することを覚悟して日本国籍を離脱する者に対してのみ適用されるものと解すべきである。

(2) 前記1の(一)の(1)のイ記載の原状回復の原則、サンフランシスコ平和条約一一条に照らしても、援護法の適用がないとすることは恣意的、不当であって許されない。

(3) 援護法の権利消滅事由である国籍喪失が、自らの意思によらない国籍喪失を含まないとの解釈は、援護法の行政実務においても認められてきた(昭和三七年一〇月二九日援護第三一八号厚生省援護局援護課長通知(以下「昭和三七年三一八号通知」という。))。

(4) 国籍法は、「日本国民の子であった者」の子(六条一号)や「日本の国籍を失った者」(八条三号)が日本に帰化する場合に、一般の外国人に比べて帰化要件を緩和しているところ、日本政府は、サンフランシスコ平和条約の発効による日本国籍喪失者を国籍法上の日本国籍喪失者とは別個のものと解釈している(民事甲第四三八号民事局長通達)が、このことも援護法の権利消滅事由である国籍条項に定める国籍喪失にはサンフランシスコ平和条約による日本国籍喪失が含まれていないことを根拠付けるものである。

(二)  被控訴人の主張

サンフランシスコ平和条約の発効により、朝鮮半島・台湾出身者が日本国籍を喪失したことは、現在においては政府としての確立した解釈であり(昭和二七年四月一九日法務省民事局第四三八号民事局長通達)、判例においても、朝鮮半島出身者はサンフランシスコ平和条約により日本国籍を喪失したものと解されている(最高裁昭和三六年四月五日大法廷判決・民集一五巻四号六七五頁参照)。そして、サンフランシスコ平和条約の発効による国籍喪失は援護法に定める年金等の受給権消滅事由である国籍喪失に該当するものと解されるから、昭和三七年三一八号通知における解釈は誤りであり、右通知は、平成五年五月一二日社援援第九八号厚生省社会・援護局援護課長通知(以下「平成五月九八号通知」という。)により廃止された。」

八  原判決一一枚目表末行の「2」を「3」に改め、同一三枚目表一〇行目の「本件附則」の前に「国籍条項及び」を、同裏五行目の「あり、」の次に「もはや二国間の特別取極による解決がされる余地はなく、本件附則の根拠は失われたのであるから、」をそれぞれ加え、同六行目の「あるから」を「あって」に改め、同一〇行目の「、朝鮮半島」から同一四枚目表初行の「よるもの」までを削り、同五行目の「日韓請求権協定」の前に「日韓両国及び両国民の間の財産・請求権に関する問題は、完全かつ最終的に解決されたことが日韓請求権協定二条において確認されている。」を加え、同裏六行目の次に改行の上、次のとおり加える。

「ところで、同協定二条三項の「請求権」は、実体的な権利ではない、いわゆる「クレイムを提起する地位」を意味するものであるから、国内法によって処理すべき問題は発生せず、国内法上の処理を行う必要がなかった。したがって、在日韓国人のいわゆる補償請求権の問題は、日韓両国間においては日韓請求権協定により、解決済みとされたのであるから、本件附則の合理性には何ら影響はないというべきであり、解決済みとされた在日韓国人の補償請求権に関し、我が国政府として何らかの立法措置を講ずるかどうか、その場合にどのような内容のものとするかは高度の政治的な判断にゆだねられるべき政策問題である。」

第三当裁判所の判断

一  当裁判所も控訴人らの本訴請求はいずれも理由がないものと判断する。その理由は次のとおり付加、訂正、削除するほか、原判決事実及び理由の第三の一ないし四の記載と同一であるから、これを引用する。

1  原判決事実及び理由の第三の一ないし四中に「原告ら」とあるのを「控訴人石及び亡陳」に、「原告陳」とあるのを「亡陳」にそれぞれ改める。

2  原判決一五枚目裏一〇行目の「本件附則」の前に「国籍条項及び」を、同一六枚目表一〇行目の「<証拠略>」の次に、「<証拠略>」をそれぞれ加え、同行目の「援護法制定の際の」を「援護法制定に際し、政府側の同法案の説明資料において、国籍条項については、恩給法等の規定に合わせたものであり、思想としては、外国人に対しては、賠償問題として考慮するべきすじである旨、及び本件附則については、「戸籍法の適用を受けない者」とは、朝鮮人及び台湾人をいい、これらの者はその当時においても日本国籍を有しているが、その国籍の帰趨はサンフランシスコ平和条約発効後に定まるものであって、その時においては日本国籍を失うことが予定されているので、援護法による援護を日本国籍を有する者に限ることに鑑み、これらの者については当分の間援護法を適用せず、その援護を与えないことを規定するものであり、なお、在日朝鮮人の国籍については、目下韓国政府と交渉中であり、台湾人については、一九四六年六月二二日国民政府は行政院令たる「在外台僑国籍処理弁法」により中国の国籍を有するものと解しているが、国際法上なお疑問の存するところである旨の説明がされ、また、右法案審理をした」に改める。

3  原判決一八枚目表三行目の「すべて」の次に「種類」を加え、同四行目の「規定」を「記載」に改め、同八行目の「おいては、」の次に「昭和四一年(一九六六年)から同五〇年(一九七五年)までの間に、」を、同裏四行目の「<証拠略>」の次に「<証拠略>」をそれぞれ加え、同一九枚目表一〇行目の次に改行の上、次のとおり加える。

「他方、<証拠略>によれば、韓国政府(外務部)においては、日韓請求権協定二条二項(a)の「財産、権利及び利益」の条文化の過程で、韓国側が「他方の締約国に居住したことがある者の財産、権利及び利益と両国及び国民間の請求権」という案を提示したのに対して、日本側が、請求権とは個人の債権等でないクレイムを提起できる地位と理解し、したがって、同協定適用の例外である実体的権利を規定しようとする条項である二条二項(a)に「請求権」という用語を挿入する必要はないという意見を提示したため、日本側の提案を受諾する代りに合意議事録の記載を通し、「財産、権利及び利益」とは「法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利をいうもの」と了解したものであり、二条二項(a)は、二条一項により「完全かつ最終的に解決されたこととなる財産、権利及び利益並びに請求権」に対する例外条項として、在日韓国人の権利、財産関係が同協定により影響を受けないようにするための規定であるので、在日韓国人戦傷者の補償請求権は同協定の解決対象に含まれておらず、二条二項(a)の「財産、権利及び利益」に該当するものと解釈しており、昭和四六年一〇月一一日から一二日まで東京で開催された「在日韓国人の法的地位第四次韓・日実務者会議」においても、「日本国軍人であった在日韓国人は日韓請求権協定二条二項(a)でも除外されているのであるから、彼等に対し遺族援護法及び戦傷者関係諸法の適用を韓・日国交正常化時点で整理したことは不当である。」旨を日本側に問題提起したことが認められる。」

4  原判決一九枚目裏八行目の次に改行の上、次のとおり加える。

「ところで、国籍条項においては、障害年金等の支給を受けることができない者として、「障害の状態になった日において日本の国籍を有しないか、又はその日以降昭和二七年三月三一日以前に日本の国籍を失ったもの」(一一条二号)を規定し、障害年金の受給権の消滅事由として、「日本の国籍を失ったとき。」(一四条一項二号)と規定し、本件附則において、「戸籍法(昭和二二年法律第二二四号)の適用を受けない者については、当分の間、この法律を適用しない。」と規定しているところ、被控訴人は、本件各処分が本件附則に基づくものと主張するので、当裁判所も、本件附則に基づく処分の適否について判断する。」

5  原判決一九枚目裏九行目の「そこで」を「まず」に改め、同一〇行目の「<証拠略>」の次に「<証拠略>」を、同行目の「照らせば、」の次に「援護法が恩給法に準拠して制定されたこと、及び」を加え、同二〇枚目表七行目の「定めるとともに、同法制定」を「する国籍条項を定めるとともに、同法が昭和二七年四月一日から適用されることとされたが、同法制定作業の」に、同九行目の「戸籍法」から同末行末尾までを「朝鮮半島及び台湾出身者に対しては援護法を適用しないことを明確にする趣旨で、従来の法令用語による右各出身者を表す「戸籍法の適用を受けない者」につき、当分の間、援護法を適用しない旨の本件附則が設けられたものと解される。したがって、朝鮮半島出身者である控訴人石及び亡陳については、国籍条項の適用の有無にかかわりなく、本件附則がまず優先的に適用され、援護法の適用の有無を争点とする本件各処分の適否については、本件附則の適法性とその適用の有無を検討すれば足りると考えられる。」に改め、同裏初行の冒頭に「(二)」を加える。

6  原判決二一枚目表六行目の冒頭から同二二枚目表八行目末尾までを次のとおり改める。

「そして、援護法制定において、恩給法等の規定に合わせること、及び外国人に対しては、別途賠償問題として考慮するべきすじであるとの考えから、援護法による援護の対象を日本国籍を有する者に限ることとしたこと自体には十分な合理性があるものというべきである。また、援護法は昭和二七年四月一日から適用されることとされていたところ、右当時においては、朝鮮半島及び台湾出身者の国籍は不分明であり、その国籍の帰趨はサンフランシスコ平和条約発効後に定まることが予定されていたのであり、他方、サンフランシスコ平和条約においては、分離独立地域及びその住民の財産、請求権の処理はその施政当局と日本国との特別取極の主題とすることとされており、したがって、朝鮮半島及び台湾出身者である軍人・軍属等に対する補償問題も、日本国とそれら地域の施政当局との間の外交交渉によって解決されることが予定されていたので、本件附則は、援護法による援護を日本国籍を有する者に限ることとした国籍条項に鑑み、朝鮮半島及び台湾出身者については援護法を適用しないことを明確にする趣旨で規定されたものである。

控訴人らは、サンフランシスコ平和条約により控訴人らが日本国籍を当然に喪失したことを前提に本件附則の趣旨を争うけれども、援護法の適用時期は右条約の発効前である昭和二七年四月一日とされ、右条約発効前の分離独立地域の住民の国籍には不分明な点がある上、右条約は、朝鮮半島・台湾の領土問題について明記しているものの、その出身者の国籍、特に、右条約により日本の固有領土とされた地に在住する者についての国籍については直接的に明記せず、右条約の解釈又は国籍法の立法にゆだねられていたが、法務省の民事局の行政解釈は右条約の効力発生に伴う当然喪失説により、国籍法には特段の改正をしなかった<証拠略>ところ、右の解釈ないし立法の措置には異論もあり得て、台湾・朝鮮半島の出身者、特に、日本に在住する者の援護法上の地位には不分明な点が存したのであり、これらを明確にした本件附則には、援護法本則とは異なる独自の立法理由が存するものというべきである。

そして、戦争犠牲又は戦争損害の持つ前示のような特殊性、右の援護法が生活援助法的性格を有していること及びサンフランシスコ平和条約において分離独立地域の戦後処理については日本国と当該施政当局との特別取極の主題とすることが予定されていたこと等を考慮すると、援護法において、朝鮮半島出身者など戸籍法の適用を受けない軍人・軍属について当分の間その適用をしないことにした本件附則には、その立法時点においては、十分な合理的な根拠があり、立法府の立法裁量の当否の問題があっても、憲法一四条一項に違反しないというべきである(最高裁平成四年四月二八日第三小法廷判決・裁判集民事一六四号二九五頁参照)。控訴人らは、韓国・朝鮮人が日本の植民統治下において日本国籍を有し、日本人として軍務に従事したことを理由に、日本人と異なった取り扱いをするのは憲法一四条に違反する旨主張し、<証拠略>にも同旨の意見が述べられているが、右は、結局、前示の立法政策の当否を非難するものに帰し、採用できない。また、<証拠略>には、「外交上の取り決めによる解決が実現しなかった以上、国内措置により給付を実現することを要する。」とした上、「立法裁量により判断することは誤りである。」との意見が述べられているが、戦争被害に伴う戦後補償が高度な政治判断を伴うもので、様々な要素を考慮した上での立法府の裁量にゆだねられる部分が多いことは前示のとおりであり、かつ日韓請求権協定についての日本政府の見解にも相応な根拠が存することは後記のとおりであるから、右意見は採用できない。

(三) 次に、控訴人らは、本件附則を廃止せず、在日韓国人について何らの補償措置がないまま放置したことが違法である旨の主張をする。

サンフランシスコ平和条約の発効により分離独立地域の独立が認められたことに伴い、右地域の住民に日本国籍を喪失させることには、十分な合理性があるというべきであるが、右条約発効後も日本の固有領土と認められた地域に居住する意思を有する者について日本国籍を一方的に喪失させる必要は必ずしもなく、国籍選択を認め、日本国籍を望まない者についてのみ日本国籍の喪失を認めるのも一つの立法選択であったというべきである。しかし、日韓併合により一方的に日本国民とされた者について原状に復帰させる意味で日本国籍を一律に喪失させ、分離独立地域の原国籍に復帰させ、日本国の軍人・軍属としての補償問題は別途分離独立地域における施政当局との外交交渉にゆだねることも、それなりに合理性のある政策判断であって、少なくとも、高度な政治的判断を要する立法政策の当否の範囲の問題であって、違法とはいえない。

(四) 控訴人らは、軍人・軍属に対する補償問題が立法政策に属する問題であることが、一部の者についてのみ補償し、一部の者については補償しないとすることの合理的な理由とならないと主張するが、援護法が援護の対象を日本国籍を有する者に限り、朝鮮半島及び台湾出身者を含む日本国籍を有しない者を援護法の対象から除外する立法政策をとったことに十分な合理性が認められることは前示のとおりであって、援護法の対象者をいかなる範囲のものにするかは立法政策の問題であることのみを理由に合理性が認められるというわけではない。したがって、このことを前提とする控訴人らの主張はその余の点について判断するまでもなく採用できない。

また、国民年金法、児童扶養手当法、公営住宅法等が日本国籍を有することや戸籍法の適用を受けていることを適用要件としていないことは控訴人らの指摘のとおりであるけれども、それは、右各法律の趣旨ないし目的からそのような立法政策が採られたものであるから、そのことから当然に本件附則に合理性がないということはできないというべきである。

(五) 控訴人らは、サンフランシスコ平和条約は、四条(a)において、日本に居住する旧植民地出身者の日本国における財産及び日本国並びに日本国民に対する請求権は対象外としているから、控訴人石及び亡陳ら在日韓国・朝鮮人の補償問題は、当初から関係二国間の特別取極により、解決されることが予定されていたと解することはできず、合理性の根拠とすることができない旨主張する。しかし、サンフランシスコ平和条約の四条(a)は、「日本国におけるこれらの当局(すなわち、分離独立地域の施政当局)及び住民の財産並びに日本国及びその国民に対するこれらの当局及び住民の請求権(債権を含む)の処理は、日本国とこれらの当局との間の特別取極の主題とする。」旨規定しているところ、右の「住民」が分離独立地域に属する住民(それが国の場合にはその国民)を指すものであることは明らかであり、日本に居住する分離独立地域出身者(在日朝鮮半島、台湾出身者ら)を殊更に除外したものとは考えられないから、在日朝鮮半島、台湾出身者らの日本国及びその国民に対する請求権の処理も右の取極の主題とされたものと解すべきであり、右主張は採用できない。

また、控訴人らは、仮に、右の補償問題が二国間の特別取極により解決されることが予定されていたとしても、援護法の立法と同時に朝鮮半島出身者らに対する条約を含めた補償立法措置を採ることなく、これらの者を本件附則によって援護法の対象者から排除し、戦争によって障害の状態となった軍人・軍属にとって死活問題である補償問題をいつ解決されるかわからない二国間協議に任せることは合理性を欠くと主張する。しかし、援護法が日本国籍を有する者に限って援護の対象とし、朝鮮半島、台湾出身者を含む日本国籍を有しない者を援護の対象から除外する立法政策をとったこと及びこの立法政策に合理性が認められることは前記(二)において判示したとおりであり、後記五記載のとおり、控訴人石及び亡陳らを含む在日韓国人の補償問題がその後成立した日韓請求権協定によっても明確な解決がされず、その後何らの措置も採られないまま今日に至っているとしても、そのことから当然に本件附則に合理性がないとはいえないというべきである。

さらに、控訴人らは、個人の有する補償請求権を国家間の合意によって消滅させることはできないから、補償問題が二国間協議の主題となる可能性があることは国籍条項及び本件附則の合理性の根拠とならないとも主張するが、サンフランシスコ平和条約四条(a)は、国家間の財産関係のみならず、住民と国家間の財産、請求権の処理についても取極の主題とするものとしている上、国家が自国民ないし相手方当事国の国民に対して援護・補償等をすることももちろん可能である(前示二のとおり、韓国においてはその後国内法によってそのような補償措置が採られている。)から、国籍条項ないし本件附則に合理性がないということはできず、また、控訴人らが韓国における国内立法により補償を受けられなかったことが本件附則の存続を違法ならしめるものでないことは後記のとおりであるから、控訴人らの前記主張は採用できない。」

7  原判決二二枚目表九行目の「(二)」を「(六)」に改め、同裏二行目の「こと」の次に「、他方、韓国政府は、在日韓国人戦傷者の補償請求権は右協定の解決対象に含まれておらず、右協定二条二項(a)の「財産、権利及び利益」に該当するものとして解釈していること」を、同末行の「韓国人」の前に「在日」をそれぞれ加え、同二三枚目表初行の「主張するかのようである」を、「主張する」に改め、同二三枚目裏五行目の「そのような」から同八行目の「ともかく、」までを削り、同行目の「こと」の次に「の」を加える。

8  原判決二四枚目表二行目の「主張する」を「主張し、甲第一三〇号証にも同旨の記載がある」に、同七行目冒頭から同八行目の「原則も」までを「そして、右各規約は我が国も批准した条約であるから、国政の上で遵守されるべきである(憲法九八条二項)上、特に、B規約については、裁判上、法律に優先する効力を有するものと解されるが、右各規約に定める平等原則も、合理的な根拠に基づく区別を禁止するものではないから」にそれぞれ改め、同裏初行の次に改行の上、次のとおり加える。

「なお、<証拠略>によれば、国連の規約人権委員会は、B規約に基づく日本国の報告に対して、平成五年一〇月に主要な関心課題(懸念事項)の一つとして「朝鮮半島や台湾出身で旧日本軍に従事したが、現在は日本国籍をもっていない者が、その恩給等において差別されている。」旨を含むコメントを採択したことが認められるが、右委員会のコメントも、本件附則が同規約に違反することを指摘したものでなく、「提言及び勧告事項」とはされていない上、右コメントが直ちに締約国の法令の効力に影響を及ぼすものと解することはできないから、このことが前示の判断を左右するものではない。また、<証拠略>によれば、国連の規約人権委員会が一九八九年四月三日にイブラヒム・ゲイエほかのセネガル人退役軍人からの選択議定書に基づく通報に基づき、セネガル国籍の退役軍人に係る年金につき、フランス国が被害回復のための効果的な措置を採るべき義務があるとの見解を採択したことが認められる。しかし、右採択は、フランス国籍であり、フランス国の軍務に従事し、セネガル国が独立した後もフランス人の退役軍人と同様に年金を受給していた事案についてのものであり、いわゆる戦後処理に基づき分離独立した地域の住民に関し、平和条約に特別の定めがされている本件とは事案を異にするから、右の採択が前示の判断を左右するものではない。

四  本件附則の不適用について(争点2)

1  控訴人らは、本件附則は、控訴人石及び亡陳らのようにサンフランシスコ平和条約により自らの意思に関係なく、一律的に日本国籍を喪失した者に対しては適用されず、日本国籍を喪失することによって援護法上の権利が消滅することを覚悟して日本国籍を離脱した者に対してのみ適用されるものと解すべきである旨主張する。

しかし、本件附則の規定の文理上そのような解釈はできないのみならず、前示一のとおり、援護法は、外国人に対しては賠償問題として考慮するべきすじであることなどから、その対象を日本国籍を有する者に限り、朝鮮半島、台湾出身者らについては日本に在住しているか否かを問わず、その対象としないとの立法政策に基づいて国籍条項を定め、そのことを明確にする趣旨で本件附則を設けたものであって、右の立法政策が合理的なものであることは前示三において判示したとおりであるから、控訴人らの右主張は採用できない。

2  控訴人らは、本件国籍条項中の「日本の国籍を失ったもの」の解釈について争うところ、<証拠略>によれば、厚生省は、昭和三七年九月二二日援護第二二九号援護局援護課長通知(以下、「昭和三七年二二九号通知」という。)において、「日本国籍を取得し、戸籍法の適用を受けることとなった朝鮮出身者、台湾出身者等については、援護法施行後戸籍法の適用を受けることとなったときから援護法の適用があるものと解する。」旨、昭和三七年三一八号通知において、援護法の「国籍喪失」には「個人の意志に関係なく国家間相互の条約等の一方的権力によって国籍を変更させられた場合(条約により当該地域の住民の意志により国籍を選択できるときを除く。)には適用されるべきではなく、個人の意志に基づく帰化等の方法によって国籍を失った場合にのみ適用されるものと解する。」旨、「朝鮮出身者、台湾出身者は援護法が適用されることとなるが、これらの者に対しては、日本の戸籍法が適用されないので、本件附則により、同法の適用から外されているにすぎず、日本に帰化することによって、日本の戸籍法の適用を受けるに至れば援護法の適用を受けることになる。」旨、昭和四一年一一月三〇日援護第四八四号援護局援護課長通知(以下「昭和四一年四八四号通知」という。)において、「日韓請求権協定の署名の日以後日本に帰化した韓国人については、戸籍法の適用を受けることとなっても援護法の適用を受けることはできない」旨の解釈基準を示し、実務上この解釈にのっとり運用されてきたこと、他方、総理府は、恩給法について、恩給局編の解説書において、「サンフランシスコ平和条約の発効により、本人の意思とは無関係に日本の国籍を喪失した韓国人等の場合には、日韓請求権協定の効力発生の日、すなわち昭和四〇年一二月一八日前に帰化して日本の国籍を取得すれば、サンフランシスコ平和条約発効のときに遡って恩給が受けられるような特別の取扱いがされている」旨の解釈基準を示し、これにのっとり運用されてきたこと、厚生省は、本件訴訟係属後に平成五年九八号通知により、「援護法に定める遺族年金等の失権事由たる国籍喪失の取扱いについて、「個人の意志に基づく帰化等の方法によって国籍を失った場合にのみ適用される」と解することには無理がある」として、昭和三七年三一八号通知及び同年二二九号通知を廃止する旨の通知をしたこと、平成五年九八号通知は、衆参両院における厚生委員会等において、恩給法と援護法との間の解釈の相違が指摘されたため、総務庁恩給局、内閣法制局、外務省、法務省等とも検討の結果、従前の厚生省の解釈には無理があり、変更せざるを得ないとの結論に達したためであること、ただし、既に裁定を受けた受給者については、不測の不利益を与えるおそれがあり、法的安定性の面からこれを覆すことは適当でないとして、取扱いを変えないこととしたことが認められる。右認定の経緯に照らせば、昭和三七年三一八号及び同年二二九号各通知を発したときからこれを廃止する旨の平成五年九八号通知を発したときまでの間三〇年以上の長期間にわたり、前記のように解釈し、これに従った取扱いが定着していたものであるから、救済ないし経過等の措置を採ることもなく、突然、右の解釈及び取扱いを変更するということは、行政上の混乱をもたらすものである(平成五年九八号通知は、それまでの取扱いにより受給裁定を受けた者に対する措置については何も触れておらず、また、右通知により廃止されるものとされた昭和三七年三一八号通知及び同年二二九号通知以外にも、その趣旨に沿った内容の通知が存在するが、それらは廃止の対象とされていないなど統一的な処理はされていない。)上、関係者の期待や信頼にも反するものであって、解釈上の統一ということ以外に格別の必要性があったとも認められないことを併せ考えると、法的安定性という面からしても、右のような措置が妥当なものであったかどうかということについては議論の余地がないとはいえない。しかし、控訴人石及び亡陳に対する本件各処分は、本件附則に基づくものであり、国籍条項については、昭和三七年三一八号通知を前提にしても昭和四一年四八四号通知により、援護法の適用を受ける余地がなかったものであるから、いずれにしても、前示の結論を左右するものではないというべきである。

したがって、控訴人らの前記主張はいずれも理由がない。」

9 原判決二四枚目裏二行目の「四」を「五」に、同行目の「2」を「3」にそれぞれ改め、同五行目の「あったこと」の次に「など」を、同二五枚目裏六行目の「日韓」の前に「そこで、右の特段の事情があるかどうかについて判断するに、」をそれぞれ加え、同一〇行目の「解していたことは」から同末行の「ともかくとして」までを「解していたこと」に改め、同二六枚目表二行目の「明らかである」から同七行目末尾までを次のとおり改める。

「、前示三の1の(五)のとおりである。したがって、日本政府が本件附則に法規としての効力を認めていなかったものでないことは明らかである。

また、厚生省においては、昭和三七年三一八号通知及び同年二二九号通知以後平成五年九八号通知まで三〇年以上の間、在日韓国人らには援護法が適用されるが、日本の戸籍法が適用されないので、日本に帰化することによって、日本の戸籍法の適用を受けるに至れば援護法の適用を受けることになる旨の解釈及び運用をしてきたものであるが、昭和四一年四八四号通知後は日韓請求権協定の署名の日以後日本に帰化した在日韓国人らについては戸籍法の適用を受けることとなっても援護法の適用が受けられない取扱いとされ、さらに、平成五年九八号通知により前記の取扱いも改められたものの、右行政解釈の変遷は、本件附則自体の適用に関するものでなく、本件附則が一般的に適用されないような運用がされたり、又は全く適用されず、事実上改廃されたと同視すべき事情があったと認めることはできないから、本件附則が法規としての効力を失ったものとはいえない。したがって、日韓請求権協定締約後、本件附則が失効した旨の控訴人らの主張は採用することができない。

3  また、控訴人らは、日韓請求権協定が在日韓国人の請求権をその解決の対象から除外しているから、同協定の発効により、在日韓国人に関する限り、国籍条項及び本件附則は失効したと主張する。

サンフランシスコ平和条約が、在日韓国人らの日本国に対する請求権を除外しているものでないこと、その後締約された日韓請求権協定について、日本政府は、同協定二条二項(a)により、合意議事録において了解された実体的権利である在日韓国人の財産、権利及び利益はその対象外とされているが、それ以外のいわゆるクレイムを提起する地位については同協定二条三項により完全かつ最終的に解決されたと理解していることは前示二のとおりである。

しかし、前示二のとおり、同協定の相手方当事国である韓国政府は、同協定二条二項(a)が、二条一項により「完全かつ最終的に解決されたこととなる財産、権利及び利益並びに請求権」に対する例外条項として、在日韓国人の権利、財産関係が同協定により影響を受けないようにするための規定であるので、在日韓国人戦傷者の補償請求権は同協定の解決対象には含まれず、同協定二条二項(a)の「財産、権利及び利益」に該当するものと解釈し、昭和四六年一〇月一一日から一二日まで東京で開催された「在日韓国人の法的地位第四次韓・日実務者会議」においても、「日本国軍人であった在日韓国人は日韓請求権協定二条二項(a)でも除外されているのであるから、彼等に対し遺族援護法及び戦傷者関係諸法の適用を韓・日国交正常化時点で整理したことは不当である。」旨を日本側に提起したこと、韓国政府の右解釈の根拠は、同協定二条二項(a)の「財産、権利及び利益」の条文化の過程で、韓国側が「他方の締約国に居住したことがある者の財産、権利及び利益と両国及び国民間の請求権」という文案を提示したのに対して、日本側が請求権とは個人の債権等でないクレイムを提起できる地位と理解し、したがって、同協定適用の例外である実体的権利を規定しようとする条項である二条二項(a)に請求権という用語を挿入する必要はないという意見を提示したため、韓国側は日本側の提案を受諾する代りに合意議事録の記載を通し、「財産、権利及び利益」とは「法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利をいうもの」と了解したことによるものである。そして、韓国においては国内法により、在日韓国人以外の韓国人に対しては補償の措置を講じたが、在日韓国人に対しては補償の措置を講じなかった。

このように日韓請求権協定による在日韓国人の財産関係の処理については、当事国の政府の間に見解の相違があるところ、同協定は、二条において、同条の規定は在日韓国人の「財産、権利及び利益」については影響を及ぼすものではない(二項)としながら、同条三項において、「一方の締約国及びその国民の他方の締約国及びその国民に対するすべての請求権であって同協定の署名の日以前に生じた事由に基づくものに関しては、いかなる主張もできないものとする。」としていることからすると、同協定においては、在日韓国人の「財産、権利及び利益」(合意議事録によれば「法律上の根拠に基づき財産的価値を認められるすべての種類の実体的権利」)に該当するもののみがその対象から除外されており、在日韓国人の本件補償請求権はその解決対象とされているものと解されないではなく、日本政府の見解にも相応の根拠があるというべきである。

もっとも、そうだとしても、同協定は国家間の合意であって、個人の権利については外交保護権を放棄したにすぎないから、右協定によって完全かつ最終的に解決済みである旨の被控訴人の主張は控訴人らの本訴請求を否定する根拠となるものではない。また、仮に在日韓国人の補償請求権が右協定の対象にされているとしても、そのことは、在日韓国人の補償請求権については、現時点では二国間の特別取極によって解決されていないことを意味するにとどまり、そのことから当然に援護法の国籍条項及び本件附則の必要性がなくなるとか、国籍条項ないし本件附則の効力が失われたものということもできない。

控訴人らは、在日韓国人に関する限り、日韓請求権協定の締結により、本件附則は失効したと主張するけれども、いったん成立した法律が平等原則(憲法一四条一項等)違反により特定の者との間のみで失効すると解するのは、新たな立法をするのに等しいから、右立法の違憲、違法が明白であって、立法府が裁量権の限界を逸脱して、国会が考慮すべき諸般の事情を斟酌してもなお、その立法が合理性を有するものとは考えられない程度の著しい不平等状況に達している場合であることを要するところ、前示のとおり、在日韓国人の戦病死者の補償問題は、外交問題も関係した高度な政治問題であって、日本国政府の日韓請求権協定の解釈に相応の根拠が認められる以上、右状況が前記の程度にまで至っているとは断定できず、控訴人らの右主張は採用することができない。

さらに、控訴人らは、在日韓国人は、日本においては選挙権も与えられておらず、政治的に解決を求めることができないから、司法的な解決を求めるしか方法がないと主張するが、裁判所が、具体的な事案について、本来適用すべき法令を適用しないことによって、その法令の意図した効果とは異なった法的効果を与えることは、司法による消極的な立法行為と異ならないものであるから、前示と同様な理由で控訴人らの右主張は採用できない。」

10 原判決二六枚目表八行目の「3 この点に関し」を「4 次に」に改め、同二七枚目表六行目の冒頭から同末行末尾までを次のとおり改める。

「六 なお、本件の審理の結果に基づき当裁判所の所見を付言する。

今次の戦争において、戦争犠牲又は戦争損害を受けた軍人・軍属又はその遺族のうち、日本国籍を有する者は援護法により、在日韓国人以外の韓国人は韓国の国内法により、いずれもその補償を受けているのに対し、控訴人石及び亡陳ら在日韓国人は、援護法の制定後既に四六年、日韓請求権協定の締約後既に三三年以上経過しているのに、日韓両国のいずれからも何らの補償を受けられないまま、いわば放置された状態になっているものであること、現時点においても、在日韓国人が補償を受けられる見込は立っておらず、その間にも、戦争犠牲又は戦争損害を受けた在日韓国人は老齢化し、現に亡陳は本訴係属中に死亡していること、このような事態に至っていることについて、サンフランシスコ平和条約の発効に伴い国籍選択の途を与えられないまま、いわば一方的に日本国籍を喪失させられた在日韓国人側において何らの落ち度も責任もない上、在日韓国人の側からは補償を受けるために採るべきすべは何も与えられていないことを考えると、控訴人石及び亡陳が焦燥の思いで本訴を提起するに至った心情については、十分に理解でき、同情を禁じ得ないところであって、人道的な見地からしても、また、国連の規約人権委員会から関心課題(懸念事項)として指摘されていることに照らしても、速やかに適切な対応を図ることが、我が国に課せられた政治的、行政的責務でもあるというべきである。しかも、朝鮮半島出身者の戦傷病者又はその遺族で、日本国籍を取得しないで援護法の援護請求が認められなかった者は、弁論の全趣旨によれば、二四名にすぎず、財政上の理由が補償の対象としないことを正当付ける根拠にはならないと考えられる。

そして、援護法が外国人をその対象から除外したのは、外国人に対しては賠償問題として考慮するべきすじであるとの思想からでもあったとしても、在日韓国人は、日本国籍を有し、日本の軍人・軍属として戦争に従事したもので、援護法の適用開始時においては日本国籍を有していたと解されるから、その立場は日本国籍を有する者に近いものであったというべきであって、戦争の相手国に属する外国人と同様の賠償問題とするよりは、日本国籍を有する者に準じて処理する方が実態に即してより適切であるといえること(日韓請求権協定においても、賠償問題としては処理されていない。)、援護法が軍人・軍属であった者又はその遺族に対する生活援助法的側面をも有するものであるとしても、在日韓国人の右のような立場及び現に日本において居住していること等を考慮すると、日韓両国の外交交渉を通じて、日韓請求権協定の解釈の相違を解消し、適切な対応を図る努力をするとともに、援護法の国籍条項及び本件附則を改廃して、在日韓国人にも同法適用の途を開くなどの立法をすること、又は在日韓国人の戦傷病者についてこれに相応する行政上の特別措置を採ることが、強く望まれる。」

二 以上の次第で、控訴人らの本訴請求はいずれも理由がなく、これを棄却した原判決は相当であって、控訴人らの本件控訴はいずれも理由がないので、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条、六五条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 筧康生 村田長生 後藤博)

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